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仙台地方裁判所気仙沼支部 昭和30年(ワ)2号 判決 1957年2月14日

原告 畠山民雄 外一〇名

被告 佐藤喜三郎

主文

被告は、

原告畠山民雄に対し、金六万二、六九五円九二銭

原告佐藤四郎に対し、金四万九、五二三円四一銭

原告村上虎男に対し、金二万九、二三五円九六銭

原告及川昭造に対し、金四万三、五五九円九六銭

原告吉田次男に対し、金五万七、〇三四円九六銭

原告村上昭和に対し、金四、二〇一円

原告三上久之進に対し、金一、六八五円

原告三上一夫に対し、金二、六六九円

原告遠藤正由に対し、金一万九、二九六円

原告三浦治雄に対し、金一万七、二六六円五五銭

原告小浜進に対し、金一万四、一九一円

及び各これに対する昭和三〇年一月二〇日以降完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は、原告畠山民雄及び吉田次男と被告との間に於ては、その一〇分の一を各原告、一〇分の九を被告、その余の原告と被告との間に於ては、総て被告の負担とする。

原告畠山民雄、村上虎男、吉田次男のその余の請求は、各棄却する。

この判決は、原告畠山民雄に於て金二万円、同佐藤四郎に於て金一万五、〇〇〇円、同村上虎男に於て金一万円、同及川昭造に於て金一万四、〇〇〇円、同吉田次男に於て金一万八、〇〇〇円、同村上昭和に於て金一、三〇〇円、同三上久之進に於て金五〇〇円、同三上一夫に於て金八〇〇円、同遠藤正由に於て金六〇〇〇円、同三浦治雄に於て金五、〇〇〇円、同小浜進に於て金五、〇〇〇円の各担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、被告は各原告に対し、別紙記載の請求額の金員及びこれに対する訴状送達の翌日から年五分の割合による損害金を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする、との判決並びに保証を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

被告は肩書住居地に於て漁船山松丸、第三白鷹丸及び大成丸によつて漁業を経営し、原告等は別紙記載の通り、各右の漁船に漁夫として乗り組み漁業に従事した。そして山松丸は昭和二八年一月上旬から同年三月一八日まで、第三白鷹丸は同年七月一二日から昭和二九年一月三一日まで、大成丸は同年二月五日から同年四月六日まで各就漁したが、漁夫の労働賃金は例年漁業の切り上げ時をもつて清算し支払う約束であつた。そして山松丸は昭和二八年三月一八日、第三白鷹丸は昭和二九年一月三一日、大成丸は昭和二九年四月一四日に各切り上げ清算の結果、原告等は各別紙記載の如き債権を有するに至つた。然るに被告はこの支払をしないので本訴に及んだ。と述べ、被告の抗弁を否認し、

(一)  突棒の点については、これは原告畠山民雄が訴外の小松十郎から借り受けたもので、同原告が同人に返還した。これは、被告の所有でもなく、また被告が、訴外人から借り受けたものでもない。

(二)  延繩流失の点については、仮に第三白鷹丸の航海に際して延繩を流失したことがあつたとしても、それは投繩中時化のため流出したもので、不可抗力によるものであるから原告等には過失がなく賠償の義務がない。また若し賠償の義務があるとしても、民法第五一〇条によつて原告等の債権は差押を禁じられているから相殺をもつて対抗し得ない。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、各原告の請求を棄却する、訴訟費用は各原告の負担とす、との判決を求め、その答弁として、

原告等の主張事実中、被告が漁船大成丸を所有し漁業を営んでいること、原告等の一部がその主張の如く同船に乗り組んだことのあることは何れも認めるが、原告等その余の主張事実は否認する。

と述べ、抗弁として、

仮に各原告が被告に対し、その主張の如き債権を有するとしても、

(一)  被告は、船員保険料として、

原告畠山民雄のため金一、八四五円

原告村上虎男、吉田次男、村上昭和、三浦治雄のため、各一、〇二五円

以上何れも山松丸三箇月分及び大成丸二箇月分。

原告佐藤四郎、三上久之進、三上一夫のため、各金四一〇円

以上何れも大成丸二箇月分。

を立替え支払している。

右保険料は、昭和二八年当時、船頭一人に対し一箇月船主負担金九三六円、本人負担金三六九円、甲板員一人に対し一箇月船主負担金八三二円、本人負担金三二八円の基準によつて計算したものであるが、同原告等の債権とこの立替金とを相殺する。

(二)  原告等が大成丸に乗り組み中の昭和二九年二月から三月頃までの間に、原告畠山民雄が同船に備え付けてあつた突棒用竿一五、六本、時価約金一万五、〇〇〇円及び操業用六分儀一箇、時価約金四万円を無断で持ち出し処分した。

よつて、同原告(一)の残債権と、この損害賠償債権金五万五、〇〇〇円とを相殺する。

(三)  原告三上一夫を除くその余の原告等が、第三白鷹丸に乗り組み漁業に従事中、昭和二八年五月六日から翌七日未明にかけて、唐桑沖合約一〇〇浬の海上に於て投繩中、被告が購入して同船に備え付けてあつた鮪延繩一三〇枚を同原告等の不注意によつて流失し、この為被告は金一〇〇万円の損害を蒙つた。同原告等は同月一〇日被告宅に於て陳謝を兼ね、この損害を填補するため、山松丸の昭和二八年一月から三月までの歩合金合計金二二万九、六四三円、第三白鷹丸の同年四月一五日から五月一〇日までの歩合金合計金一三万五、三一八円の債権を放棄する旨約束した。

従つて、同原告等のこの部分の歩合金の請求は不当である。

(四)  仮に、右の放棄の約束が、同原告等が船主たる被告に対し、気の毒に感じた余りの社交的辞令であつて認め難いものとしても、流失当時の五月六日、七日の唐桑沖合現場の状況は、時化でもなければ濃霧もなく、同船にはラジオも備え付けてあつたから、流失は船長、船頭(漁撈長)の怠慢の結果である。また若し暴風、濃霧であつたとすれば、延繩全部を投繩すること自体許し難い過失であつたと云うの他なく、何れの点からしても不法行為の成立を免れない。そしてこの賠償は当時乗り組み中の原告三上一夫を除くその余の原告等全員の責任である。当時の歩合金取得の割合は、船頭の畠山民雄は二人分、その他の船員は一人分の契約であつたから、損害の負担額も右の割合によつて算定すべきである。

損害額を右の割合によつて算定した各原告に対する賠償額をもつて、各原告の債権額又は相殺残額と相殺する。

と述べた。(立証省略)

理由

被告が漁船大成丸を所有して漁業を経営し、一部原告等が船員として同船に乗り組み漁業に従事したことは当事者間に争いなく、原告本人畠山民雄の供述によつて真正に成立したと認める甲第一乃至第一〇号証と、原告本人畠山民雄及び被告本人の各尋問の結果とによれば、被告は大成丸の外に、昭和二八年一月から三月頃まで山松丸を、同年七月頃から昭和二九年一月頃まで第三白鷹丸をもつて漁業を経営し、大成丸は同年二月頃から四月頃まで延繩漁業を経営し、別紙記載の如く、各原告が被告に雇われ、各漁船に乗り組み、漁業に従事したことを認めることができる。

そして、右各証拠に、被告本人の供述によつて真正に成立したものと認める乙第七号証の一乃至一〇を考え併すと、昭和二九年四月原告等が被告方を解雇されるに際し、同月一五日原、被告間に於て、船員として漁業に従事した間の給料について清算したこと、但し、原告遠藤正由については、同原告が第三白鷹丸を中途で下船する際に、それまでの分を清算したものであること、給料は、漁獲高に対する歩合により配分するいわゆる歩分制であつたこと、清算の結果、被告の各原告に対する未払給料は次の如くであつたこと。即ち、

(一)  原告佐藤四郎、村上昭和及び小浜進の三名分については、同原告等各主張の金額。

(二)  原告畠山民雄分

同原告分については、山松丸分残金一万二、三二〇円。大成丸分金二、一三〇円借り越し。第三白鷹丸分残金五万二、五〇五円九二銭。合計残金六万二、六九五円九二銭。

(三)  原告村上虎男分

同原告分については、山松丸分残金三、八五〇円。大成丸分は残金一、四三五円。第三白鷹丸分、配当金二回分で金九万三、〇六二円九六銭、うち、小貸等金六万九、〇六二円、差引残金二万四、〇〇〇円九六銭。合計残金二万九、二八五円九六銭。

(四)  原告及川昭造分

同原告分は第三白鷹丸のみで、配当金及び小貸等を差引計算して、残金四万二、五五九円九六銭。

(五)  原告吉田次男分

同原告分については、山松丸分残金五、七五〇円。大成丸分残金二、〇八五円。第三白鷹丸分残金四万九、一九九円九六銭。合計残金五万七、〇三四円九六銭。

(六)  原告三上久之進分

同原告分については、大成丸のみの配当金四、二八五円、小貸金二、六〇〇円差引残金一、六八五円。

(七)  原告三上一夫分

同原告分については、第三白鷹丸分のみで、金二、六六九円。

(八)  原告遠藤正由分については、第三白鷹丸分のみで、金一万九、二九六円。

(九)  原告三浦治雄分

同原告分については、山松丸分は残金二、三五〇円。第三白鷹丸分は、配当金二回分で、金七万五、九二六円五五銭、小貸金等金六万九七二円、差引残金一万四、九五四円五五銭、残金計金一万七、三〇四円五五銭であることを認めることができる。

尤も、原告三上久之進分は、乙第七号証の四によれば、同原告は、大成丸分以前に、残債権金一〇円を有するが、同原告はその分を請求するものではない。原告三上一夫分は、乙第七号証の九によれば、その内訳は、配当金三万九、一二一円、小貸等合計金三万六、四三二円、差引残金二、六八九円となるが、同原告は、その相違分を請求しない。原告村上虎男分は、山松丸分は、計算上残金三、八五〇円であるが、同原告の求めるのは、同船の分として、金三、八〇〇円であるから、同人の分の合計残金は金二万九、二三五円九六銭である。原告三浦治雄分は、第三白鷹丸分は、配当金二口計金七万五、九二六円五五銭、小貸等計金六万九七二円、差引残金一万四、九五四円五五銭となるが、同原告は同船の分として、金一万四、九一六円五五銭のみを請求するので、同原告の分は、合計金一万七、二六六円五五銭である。

次に被告の抗弁について判断する。

(一)  船員保険料との相殺について

被告は、原告畠山民雄、村上虎男、吉田次男、村上昭和及び三浦治雄が、山松丸及び大成丸に、原告佐藤四郎、三上久之進及び三上一夫が大成丸に乗り組んだ際の船員保険料で、同原告等の負担すべき分を立替え支払したと主張する。そして、成立に争いのない乙第一〇号証の一乃至三と証人佐藤大喜の証言とによれば、被告が昭和二八年一月分の船員保険料残金一万円、昭和二九年三、四月分の保険料各金八、五四〇円を支払つたこと、第三白鷹丸については、三〇屯未満で、船員保険に加入することを要しないが、山松丸及び大成丸(各三〇屯以上)については、加入し、前記の清算に際して、船員たる同原告等の負担すべき部分を差引かなかつたことを認めることができる。

船員負担部分の保険料を差引いて清算したとの原告本人畠山民雄の供述は措信し難い。しかし乍ら、被告の主張する立替額は、被告の主張する船員の負担額と、原告畠山民雄の分は兎も角、その他は、五箇月又は二箇月分として、計算上合致せぬこと、保険料の算定基準の給料額が何程であつたか、前記認定の支払つた保険料の内訳が、如何であるか判然しないこと等から考えれば果して被告が、右原告等の保険料として、何箇月分、何程支払つたかは認め難く、他に、この点について、何等の証拠もない。従つて、保険料の相殺の主張は、理由がない(尤も、保険料のうち、船員負担部分は、船主に於て後に給料から差引くことを得るが、差引かなかつた場合、給料に対し、その保険料を相殺をもつて対抗し得るかは疑がある)。

(二)  突捧及び六分儀の損害金との相殺について

被告は、原告畠山民雄が、大成丸に備え付けた被告の突捧及び六分儀合計時価金五万五、〇〇〇円を他に処分したので、その損害金をもつて、同原告の債権と相殺すると主張する。しかし乍ら、証人小松十郎、伊藤政蔵の各証言及び同原告本人尋問の結果とによれば、突捧は小松十郎から、六分儀は伊藤政蔵から同原告が直接借り受け、同原告が、被告の漁船に乗り組み中使用して、最後に大成丸を下船した際、各本人に返還したもので、固より被告の所有でもなく、被告が、右小松、伊藤から借り受け備え付けたものでもないことが明瞭であるから、同原告に何等の責任がなく、被告の右主張は理由がない。

(三)  各原告が、山松丸及び第三白鷹丸の給料債権を放棄する約束をしたとの主張について

証人畠山福松、佐藤大喜の各証言及び被告本人の供述によると、原告等(但し、三上一夫を除く)畠山福松及び菅野克己等が、昭和二八年五月七日早朝、第三白鷹丸に乗船の上、唐桑沖合約一〇〇浬の海上に於て、漁業に従事中、同船備え付けの、被告所有の延繩一〇〇枚前後を流失したこと、右の延繩は、中古品で、当時一枚金七、〇〇〇円位であり、従つて、被告は金七〇万円位の損害を蒙つたこと、帰港後、船頭たる原告畠山民雄、同人の父畠山又蔵、畠山福松等が被告方に於て、被告に対し、延繩を流失したことを詑び、歩合金はいらない故、それで延繩を購入して漁業を継続して欲しい旨申し出でたことが認められる。しかし乍ら、畠山民雄畠山福松の右申出では、証人菅野克己等の供述に徴しても、乗組員全員の意思であると認められない許りでなく、これのみでは右申出では、単に同人等が陳謝するに際してのいわゆる「社交的辞令」に過ぎないと認めるのが相当であつて、放棄の合意があつたとも、また、債権の免除であるとも認め難い。被告の同主張は理由がない。

(四)  右延繩流失に対する損害賠償債権との相殺について

原告三上一夫を除くその余の原告等が延繩を流失し、被告が損害を蒙つたことは、さきに述べた通りである、思うに、船員が漁業に従事中に、使用者の漁具その他の資材を失い、使用者がこれによつて損害を蒙つた場合、船員が如何なる責任を負担するか、即ち、その喪失が船員の故意又は、時化等の不可抗力によつた場合は別として、その他の場合、過失に基く場合は、その程度を問わず、総て、船員が賠償の責を負うものとして、当直者(見張り)のみの負担とするか、船員全員の負担とするか、或は又、斯様な場合は、総て使用者の負担とする慣習ありと認むべきか、は漁業の特殊性に徴し、困難な問題である。

しかし、仮に、本件に於て、被告主張の如く、同原告等に損害賠償の義務ありとしても、次の理由によつて、被告の相殺の主張は、理由がない、

即ち、原告等の本訴で請求する債権は、労働賃金であり、原告等の給料は歩合によるものであるが、歩合給も賃金に他ならない。労働基準法第二四条第一項によれば、賃金は原則として、必ず金額を支払わなければならず、損害賠償債権を以てしても、相殺は許されず(昭和三一年一一月二日最高裁判所第二小法廷昭和二九年(オ)第三五三号事件判決参照。)、ただ、法令、労働協約等のある場合のみ許される訳である。本件に於ては、労働協約等の在つたことについては、主張も立証もないから、専ら、法令に相殺を許す旨の定めがあるか如何かによる。そして第三白鷹丸は、船員法第一条第一項の三〇屯未満の漁船であることは、さきに述べた通りであるから、同船に乗船した原告等には、同法第三五条、第五八条第一、二項を適用することを得ないので、同船の給料については、労働基準法第二四条第一項の解釈上、相殺は許されない。これに反し、山松丸及び大成丸は、各三〇屯以上の漁船であること、さきに述べた通りであるので、両船の船員たる原告等一部の給料については船員法第三五条、第五八条第一、二項の適用を受け、給料の三分の一を超えない範囲で相殺が許される。しかし乍ら、両船の給料も歩合給であつて、乗船した原告等各自の給料、換言すれば、船員法第五八条第一項に規定する毎月の一定額の報酬は、各如何程であつたか、については、いずれもまた被告は、主張も立証もしていないので、これを知ることができない。従つて、基準額の判明しない限り、漫然、各原告の両船の請求額の三分の一について相殺を認むべきものではないから、結局、この分についても許し得ない。

以上説明の通りで、さきに述べた如く原告各自の請求を認め、原告畠山民雄、村上虎男及び吉田次男のその余の請求は、失当として各棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言について、同法第一九六条第一項を適用し、主文の通り判決した。

(裁判官 畠山郁朗)

(別紙省略)

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